『洋服の話』服部晋|”着る”という静かな作法を、言葉にしてもらう一冊 (2004)

服部晋『洋服の話』アイキャッチ ファッション
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『服部晋の「洋服の話」』は、男の洋服について、生地のことから手入れのことまで、一人の名テーラーが、おだやかに語った実用エッセイです。著者の服部晋氏は、東京・広尾で仕立て屋「金洋服店」を営み、皇室の装いも手がけてきた、その道のプロ。流行の着こなしを指南する本ではなく、一着の服と、どう向き合い、長く付き合っていくか——その「作法」を、ていねいに教えてくれる本です。

アパレルの現場に約20年いた人間として、この本は他人事ではありませんでした。売り場で毎日服に触れていても、仕立ての世界の知恵には教わることばかりです。

ファッションの本というと、「今年はこれが流行」「こう着れば垢抜ける」といった、移ろいやすい話を想像するかもしれません。けれど本書が見ているのは、もっと地に足のついた部分です。服とは、そもそもどういう「もの」なのか。生地は、仕立ては、どうできているのか。流行の手前にある、服そのものへの理解。それが、結局はいちばん長く効く、装いの土台になります。その一着を、あと何年着るつもりで買いましたか?

いい装いとは、流行を追うことではない。
生地を知り、仕立てを知り、手入れを欠かさず、一着と長く付き合うこと。

著者と本の立ち位置

著者の服部晋氏は、注文服を仕立てる、職人の世界に生きてきた人です。お客の体に合わせて一着を作り上げる現場を、長く知っている。だから本書には、雑誌やネットの「着こなし術」とは、まったく手ざわりの違う知恵が詰まっています。

語られるのは、見栄えのテクニックではなく、「服がどうできているか」という、ものそのものの話です。生地や附属品、仕立ての構造、お直しや保管の仕方——どれも、作る側を知り尽くした人だからこそ書ける内容。おだやかな口調で、まるで仕立て屋の主人に、あれこれ教わっているような気持ちで読み進められます。

「服」を、ものとして知る

本書のいちばんの魅力は、服を「ものとして」きちんと知ることの面白さを、教えてくれるところです。背広が、どんな生地と、どんな仕立てでできているのか。上着やズボンの、見えない部分には、どんな工夫があるのか。ふだん何気なく着ている一着の、奥行きが見えてきます。

セレクトショップにいた頃、売上にはほとんどならないお直しの相談にも、採寸をして、パターンを確認して、できる限り応えてきました。服は体に合って初めて「着られる一着」になる——仕立ての世界の入口に立っただけでも、その実感があります。

見る目が育つと、選ぶ基準が入れ替わる

こうした知識は、ただの雑学ではありません。生地や仕立ての良し悪しを見る目が育つと、服を選ぶときの基準が、「流行っているか」から、「長く、気持ちよく着られるか」へと変わっていきます。表面の見た目に振り回されず、ものの中身を見て選べるようになる——それは、服に限らず、いろいろなものとの付き合い方に通じる、確かな目です。

午後の斜光が差す仕立て台。折りたたんだウール地に針を通す手と、待ち針の針山・裁ちばさみ・採寸テープ・糸巻き

着る作法と、手入れ・保管

本書は、服を「着たあと」のことにも、たっぷりページを割きます。着たらブラシをかけ、休ませる。型崩れしないように保管する。傷んだら、直して使い続ける。服装の決まり(ドレスコード)や、礼服の話まで、ていねいに扱われます。

「服は、買って終わりではなく、付き合っていくもの」

ここに通底しているのは、「服は、買って終わりではなく、付き合っていくもの」という姿勢です。手をかけ、直しながら、一着を長く生かしていく。使い捨てが当たり前になった時代に、この考え方は、かえって新鮮に響きます。良いものを選び、手入れをして、長く大切に着る——本書が伝えるのは、装いの作法であると同時に、ものとの誠実な付き合い方そのものです。買った瞬間が、付き合いの始まりだ。

朝の斜光が差す木の天板に置かれた木柄の洋服ブラシと、畳んだウール地。手入れして保管する作法のイメージ

服を長く着るための、私の作法

服を長く美しく着るために、本職として大事にしている作法があります。まず、洗濯を繰り返しすぎないこと。全体を毎回洗うのではなく、汚れた部分だけを手洗いするなど、生地への負担を最小限にします。

着こなしの面では、フォーマルな場ではきちんと隙なく、普段着ではあえてラフに崩す。そのうえで意識しているのは、会う相手へのリスペクトを示しつつ、相手を緊張させない加減を探ること。服は、自分を飾るためだけのものではなく、目の前の人との関係を整える道具でもある——「着る」という奥ゆかしい作法を言葉にした本書に、深くうなずきました。

明日から試せること

  • 手持ちの服を一着選び、「これはどんな生地でできているのか」を、改めて確かめてみる。素材への意識が、選ぶ目を育てる。
  • 一日着た服は、すぐにしまわず、ブラシをかけ、一日休ませてからしまう。それだけで、服のもちが変わる。
  • 次に服を買うときは、「流行っているか」ではなく、「これを何年、気持ちよく着られそうか」で、選んでみる。

服は「消費するもの」ではなく「付き合うもの」。その見方の切り替えが、すべての起点です。一着を大切にする習慣が、装いを、確実に底上げしてくれます。

売る側として見てきた実感でも、流行を追いかける方より、体に合う一着を手入れしながら着続ける方のほうが、服を楽しんでいらっしゃいました。本書の言う「作法」は、あの方たちの姿によく重なります。

2004年の本、スーツ中心という前提

気に留めたいのは、本書が、男性のスーツや、ややフォーマルな装いを、中心に据えている点です。刊行も2004年と、いまよりドレスアップが当たり前だった時代の感覚が、下敷きになっています。カジュアルが主流の現在、すべてをそのまま真似する必要はありません。

スーツを着ない人が、それでも受け取れるもの

けれど、「ものとしての服を知り、手入れをして、長く付き合う」という芯の部分は、装いがカジュアルになっても、まったく古びません。スーツを着ない人でも、お気に入りの一着を大切にする心得として読めば、十分に学びがあります。細かな作法より、その奥にある姿勢を受け取るのが、いちばんの読み方です。

こんな人に効きそうか

服を、なんとなく流行や値段で選んできたけれど、もう少し、ものとしての中身を分かったうえで選びたい人。あるいは、お気に入りの服を、長く大切に着たいと考えている人。そういう人に、服との付き合い方を、根っこから教えてくれます。

最新のトレンドや、手早く垢抜ける術を求めると、地味に映ります。実際「実用書としては物足りない」という声もあります。それでも本書は、流行を追うのではなく、装いの土台となる「服そのものへの理解」をじっくり育ててくれます。

読み終えて

夕方の斜光が差す部屋の壁に、木のハンガーで静かに掛かった麻混の上着一着。長く大切に着るイメージ

「装いは、派手さではなく、ものへの理解と手のかけ方に表れる」——服との付き合いを見直したい人に渡したい一冊でした。服を、ただ消費するのではなく、その成り立ちを知り、手入れをして、長く付き合っていく。その地道な営みのなかに、本当の意味での「おしゃれ」が、静かに宿っています。

まずは、手持ちの一着を手に取って、その生地や仕立てを、改めて眺めてみる。一着をていねいに見つめ直すことが、服との付き合い方を、少し豊かにしてくれます。

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