誰かに言われた一言が、夜になっても頭から出ていかない日があります。言った本人はとっくに忘れているとわかっているのに、こちらは何度も再生してしまう。そういう夜に、腰を据えて一冊を読み通す気力はたいてい残っていません。
『ふりまわされない。 小池一夫の心をラクにする300の言葉』(ポプラ社、2016年)は、そういう夜のためにある本だと思っています。劇画原作者として長く仕事をしてきた小池一夫氏が、晩年にTwitterへ書きつけていた短い言葉を集めた一冊。251ページに300本、一つひとつは数行しかありません。
Twitterの断片が、そのまま本になっている
本書の成り立ちは、この本の性格をほとんど説明してしまいます。もともとは140字の投稿でした。だから一本ごとに前後の文脈がなく、章を追う必要もなく、どこから読んでも意味が通る。書き下ろしの本にありがちな「第1章で前提を置き、第5章で結論に至る」という構造が、ここには最初から存在しません。
この作りは、通常なら本としての弱点になります。同じ話が別の言い方で何度も出てくるし、体系だった理屈を求めて読むと肩透かしを食う。けれど本書に限っては、その弱点がそのまま使い勝手になっている。理由は次の節で書きます。

「読む本」ではなく「開く本」
私はこの本を、最初から最後まで読み通す本として扱っていません。必要になった夜に、適当なページを開く本として本棚に置いています。読書としては雑な使い方ですが、この本はその雑さに耐える構造をしている。
目次から探さない、という使い方
悩みごとを抱えているとき、私たちはつい目次から「自分の症状」を探そうとします。人間関係、上司、家族。ところが探しに行った時点で、自分の見立てを補強してくれる言葉ばかりを拾ってしまう。本書は一本が短く、順番に意味がないので、目次を経由せずに開ける。開いたページに書いてあることが、こちらの用意していた問いとずれている——その、ずれのほうが効くことがあります。
短いから、言い返す隙がない
もう一つ、短さには副作用があります。長い説明には反論の余地が生まれますが、数行の断言には反論のとっかかりがない。「そうは言っても」と言い返そうとして、言い返す相手がいないことに気づく。結局その言葉は、こちらの中に置き去りにされる。数日たってから思い出す言葉は、たいていこの手のものでした。あなたの本棚にも、通読していないのに手が伸びる一冊がありませんか。

300本が、繰り返し戻ってくる場所
数は多くても、扱われている主題はそう広くありません。人間関係、負の感情、老いと若さ、そして人生の不安。300本を通して読むと、小池氏が何度も戻ってくる場所がいくつかあることがわかります。人は変えられないこと。機嫌は自分で引き受けるものであること。そして、合わない相手からは離れていいということ。
距離を置くことを、逃げとして書かない
本書が読者に許可を出しているのは、この最後の一点だと思います。人間関係の本には「相手を理解しよう」「歩み寄ろう」と書かれているものが多い。本書はそれを否定しないまま、離れるという選択肢を同じ棚に並べます。我慢を美徳にしないという姿勢は、同じ著者の『人生の結論』にも通じますが、あちらが年齢や生き方の総括に寄っているのに対し、本書はもっと日々の消耗に近いところで書かれています。
数字とブランドに、ふりまわされていた20年
人間関係について言えば、私はいつからか、嫌な思いをした相手や苦手だと感じた相手と、無理に付き合わなくなりました。ただし、どんな人ともすれ違いは起きます。だからある程度の許容は必要で、一度のずれで線を引いてしまえば誰とも続かない。私が距離を置くのは、頻繁に嫌な気持ちになるとき、あるいは一度でも大きなネガティブなインパクトがあったときです。そうなると、これから付き合うのが怖くなる。信頼ができない。
反対に、すれ違いが起きても歩み寄れる人とは、信頼が積み上がっていきました。長く続いている関係は、ぶつからなかった関係ではなく、ぶつかったあとに戻ってこられた関係のほうです。
会社員時代にふりまわされていたもの
会社員だったころ、私がいちばんふりまわされていたのは人ではなく、会社の風土と数字でした。自分にとって大きな意味のある数字ではなかったのに、組織の中にいる以上は追いかける必要がある。あの雰囲気にいっそのこと飲まれてしまえば、最後までやり切れたのかもしれません。でも私の場合は、続けるほど違和感のほうが大きくなっていきました。
それでもアパレルの現場に20年近くいられたのは、一緒に働く仲間とのささやかなやりとりと、お客様との出会いがあったからです。店長になり、最大で8店舗を見るスーパーバイザーになっても、記憶に残っているのは数字ではなくそちらのほうでした。ただ仕事としては、ブランドを背負うことがつらかった。自分の言葉で話しているつもりが、いつのまにか看板の言葉になっている。あの感覚を先に言語化できていたら、もう少し早く楽になれたかもしれません。

今日からできる一歩
この本を「開く本」として使うなら、入口はこのあたりです。
- 枕元か、鞄の中に置く。本棚に立てると通読の対象になってしまう。手が届く場所に転がしておくほうが、この本の作りには合っています。
- 嫌なことがあった夜、目次を見ずに開く。探しに行かない。開いたページを2、3本読んで閉じる。効かなければ翌日また開けばいい。
- 刺さった一本だけ、書き写す。写経のように全部を写す必要はありません。1日1本でも、自分がどんな言葉に反応する状態にいるのかが見えてきます。
読む前に知っておきたいこと
通読を前提に読むと、重複が気になる本です。似た主旨の言葉が形を変えて何度も出てくるし、理屈の裏づけや手順を求める人には向きません。断定の強さも人を選びます。小池氏の言い切りは背中を押してくれますが、いま結論を出したくない状態のときには、少し早すぎることがある。そういう時期は、開かずに置いておけばいい本でもあります。
おわりに
この本を読み終えた日のことを、私はうまく思い出せません。読み終えていないからです。いまも本棚の手が届くところにあって、年に何度か、たいていは夜に開かれる。そのたびに違うページが当たり、そのときの自分に合う言葉と合わない言葉が半々くらいで混ざっている。合わなかった言葉は、また来年に回します。300本もあるのだから、急いで全部を受け取る必要はないのでしょう。




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