売上が目標に届かなかった日、店長が不機嫌になっても、その日の数字は変わりません。
次に何をするかが見えないまま、売り場の空気だけが重くなる。それは避けたいと、私は普段から思っていました。自分の機嫌は自分で取るもの、という意識がもともと強くありました。
ただ、イライラを鎮める特別な儀式を続けていたわけではありません。振り返ってみても、部下に苛立った場面はあまり記憶にないんです。
それより、チームで気持ちよく働ける関係を、日頃からつくることを考えていました。
有川真由美氏の『いつも機嫌がいい人の小さな習慣』(毎日新聞出版、2019年)は、そんな普段の関わり方を振り返るきっかけになる本です。
88のヒントから、自分の生活に取り入れられるものを選ぶ作りになっています。
機嫌を整える入口は、段取りにもある
作家・写真家の有川氏は、暮らしや仕事の中の小さな行動に目を向けています。
出版社提供の目次に沿って見ると、本書の範囲は感情のコントロールだけにとどまりません。
- 日常の習慣:一日の始め方や普段の所作。
- お金:漠然とした不安との付き合い方。
- コミュニケーション:仕事を進めるための人とのやり取り。
- 感情:自分の気持ちを整理すること。
- 段取り:目標と、そこまでの道のり。
- 時間:自分にとって幸せな時間をつくること。
私が特に重ねて読んだのは、人とのやり取りと段取りの部分でした。
相手に優しく接しようと考えるだけでなく、何を目指しているのか、次に何をすればいいのかを共有する。その分かりやすさも、働きやすい空気につながるのではないかと思います。
本書の主張① 機嫌は性格ではなく、習慣がつくっている
版元の紹介文にある一文が、本書の土台です。
「人を変えるのは、小さな習慣の力です」。一瞬一瞬に積み重ねる言葉や行動が、やがて心の習慣になっていく。
だから著者の定義では、いつも機嫌がいい人とは、生まれつき明るい人ではなく「心を明るくしようとする習慣がある人」です。
機嫌を気質の問題から切り離して、後天的に組み立てられるものとして扱う。
この置き換えが、本書のすべての項目の前提になっています。
(出典:毎日新聞出版の書籍紹介ページ)
本書の主張② 感情は直接いじらず、行動と環境の側から動かす
第1章に並ぶのは、感情への働きかけではなく、身体と環境の操作です。
雨の日ほど笑顔で過ごす。挨拶をするときは、相手に体ごと向ける。「使わない」と思ったモノは3秒以内に捨てる。朝起きたときにベッドを整える。意識して「ゆっくりと丁寧に」動く。ときどき空を見上げる。
どれも気分を変えようとする指示ではなく、姿勢・視線・持ち物・速度を変える指示です。気分が先で行動が後、という順序をひっくり返しているのが、この章の設計です。
本書の主張③ 機嫌は、お金・人・段取り・時間という具体的な領域に分解できる
全6章は、機嫌を左右する領域ごとに割り振られています。
第2章はお金で、「安いから」ではなく「本当に欲しいから」買う、「モノ」より「経験」にお金をかける、財布の中はいつもきれいに整理しておく。
第3章はコミュニケーションで、相手の名前をたくさん呼ぶ、相手が断りやすくして頼む、正しいことを言うときほど控えめに。
第5章は段取りで、6〜7割できれば上出来とする、つねに少しだけ余力を残す、「遊び」の予定を先に入れる。
第6章は時間で、生活の優先事項を3つ以内に絞る、15分余裕をもって行動する、「できないことはしない」と決める。
機嫌が悪いという曖昧な状態を、どの領域が詰まっているのかという問いに置き換えられるのが、この構成の効きどころです。
第4章——感情そのものを扱う章では、問いの形を変える
感情を正面から扱う第4章でも、やることは具体的です。
悩みは「どうして?」ではなく「どうしたら?」で考える。「ま、いっか」で肩の荷を降ろす。不運な目に遭ったら「この程度でよかった」と考える。悲しみにも「ありがとう」を見つける。1日1回、「ひとり時間」をもつ。
原因を掘る問いから、次の一手を探す問いへ。感情を消そうとするのではなく、感情に向ける言葉のほうを差し替えています。
第5章と第6章——段取りと時間が、機嫌の土台になる
この本の後半は、感情から一番遠く見える場所を扱います。
第5章は段取りです。10年後の「こうなったら最高!」な自分を妄想する、という項目から始まり、6〜7割できれば上出来とする、つねに少しだけ余力を残す、と続きます。
仕事の終わりに「明日やることリスト」を書いておく。「なぜこれをやるの?」と目的を意識する。迷ったら「原点」に戻る。第6章は時間の使い方です。
生活の優先事項を3つ以内に絞る。15分、余裕をもって行動する。休日は「なにもしなくていい時間」をつくる。
「できないことはしない」と決める。そして、損得より「気分がいいこと」を基準にする。機嫌が悪いという状態を、余力の不足として読み替えているのがこの2章です。
著者はどんな人か——衣料品店の店長も経験している
有川真由美氏は作家・写真家で、鹿児島県姶良市の出身です。
経歴が独特で、化粧品会社の事務、塾講師、衣料品店の店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、カメラマン、フリー情報誌の編集者と、職業を渡り歩いてきた人です。
本書の項目が抽象論に流れず、挨拶や財布の中身といった手触りのある話に着地するのは、この経歴と無関係ではないと思います。
著書は韓国・中国・台湾・ベトナムでも翻訳されています。
約50カ国を旅して旅エッセイも手がけ、内閣官房の「暮しの質」向上検討会委員も務めました(2014〜2015年)。
「小さな習慣」はシリーズになっている
本書には姉妹編があります。
『いつも幸せそうな人の小さな習慣 心を自由にして幸せになる88の方法』『お金の不安がなくなる小さな習慣』『なぜか好かれる人の小さな習慣』『心を軽やかに整える習慣』『人生をシンプルにする考え方』。
いずれも毎日新聞出版から出ています。つまり本書は、テーマを変えながら同じ形式で書き継がれているシリーズの一冊です。
機嫌が今の自分に合わなければ、お金や人間関係の巻から入る手もあります。
この本を読むとどうなるか
88項目は、通読して全部やるためのリストではありません。
版元の紹介文も「この本のなかから『これできそう!』と心に響くものから始めてください」と書いています。1項目2ページ、四六判208ページ。毎日新聞出版から2019年11月刊、1,430円(税込)。
読み終えて手に入るのは、機嫌を「今日の自分の状態」ではなく「今日の自分の段取り」として点検する習慣です。
以下は、その視点を自分の店長時代に当てはめてみた記録です。

「今日は、いくら売れば達成か」まで具体的にする
第5章の段取りの話を、私は店長時代の目標設定に重ねて読みました。
会社の予算をそのまま渡して、あとは頑張ってほしい、という形にはしたくありませんでした。月の予算から日割りの売上目標を出し、さらに個人の目標へ落とし込む。
「今日は自分がいくら売れば達成なのか」が分かる状態にしていました。大きな予算だけを見ていると遠く感じても、その日の金額なら具体的に想像できます。
達成が報酬やキャリアにどうつながるのかも、できるだけ前向きに共有していました。
ここで考えたいこと
目標に届かなかった日は、どうやって気持ちを切り替える?
届かない日ももちろんあります。
そういうときは、新商品の入荷や週末の集客など、次に売上をつくれる機会を確認して、修正予算を足していきました。得意な商品があるスタッフには、週末に何点を目指すかを本人に決めてもらう。
足りない分を全員へ一律に上乗せするより、本人の得意と次の機会を結びつけたほうが、空気が前を向きます。

「自分の機嫌は自分で取る」を、相手への要求にしない
ただ、読みながら一つだけ引っかかったことがあります。
私は自分に対して、機嫌は自分で取るものだと考えてきました。でも、それを相手への評価基準に転用すると、話が変わってしまいます。
困っている人に、まず機嫌よくしてほしいと言うだけでは、その人が抱えている問題は見えません。上機嫌でいることと、つらい事情を口にしないことは、別のはずです。
私の場合、土台に置いていたのは一人ひとりとの信頼関係でした。相手の状況と成果を見ながら、少しずつ仕事を任せていく。
次に困ったとき、変えられることを一つ決める
この本から持ち帰るなら、うまくいかなかった日の振り返り方です。
原因を確認したうえで、次に使える機会と、具体的な行動を一つだけ決める。第4章の、悩みは「どうして?」ではなく「どうしたら?」で考える、をそのまま日報に使うようなものです。
ご機嫌でいようと意識するだけでは、難しい日もあります。
そんなときに、挨拶、段取り、時間の使い方という身近な入口を選べるのが、『いつも機嫌がいい人の小さな習慣』の使いやすさです。
仕事の空気を変えたいとき、自分が明日できる小さな行動を探すつもりで開いてみてください。
📖 『いつも機嫌がいい人の小さな習慣』 有川真由美



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