幸福は積む順番で決まる|3つの幸福 樺沢紫苑

ほしかったものを手に入れた翌週には、気分がもとの位置に戻っている。昇進しても、数字を達成しても、うれしいのはせいぜい数日で、気づけば次の目標を探している。順番に手に入れてきたはずなのに、幸福だけが積み上がっていかない。そういう空回りに心当たりがあるなら、足りていないのは努力の量ではなく、積む順番のほうかもしれません。
樺沢紫苑氏の『精神科医が見つけた 3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法』(飛鳥新社、2021年)は、幸福を3種類の脳内物質に分けたうえで、その3つには積むべき順番があると言い切る本です。この記事では、本書の中心にある3層構造と、その順番の話に絞って整理します。

幸福を「気分」ではなく「脳内物質」で分ける
本書が変わっているのは、幸福を哲学や価値観の問題として扱わないところです。人が幸福を感じているとき、脳内では特定の物質が出ている。ならば物質ごとに幸福を分類できるはずだ、という順序で話が進みます。著者は精神科医なので、この発想はごく自然に出てきたのだと思います。扱われるのは、次の3つです。
セロトニン的幸福——心と体の健康
体調がいい。気分が上下しない。朝、起きたときに体が重くない。この種の幸福は、あるあいだは気づかれず、失われたときにだけ存在が分かります。健康診断の数値が正常なことを喜ぶ人は少ないのに、どこかを痛めた瞬間には、ほかの何もどうでもよくなる。あの非対称性です。セロトニンは規則正しい生活、日光、リズムのある運動で分泌が促されるとされ、本書が朝散歩を繰り返し勧めるのは、ここに理由があります。
オキシトシン的幸福——つながりと愛
家族、友人、同僚、ペット、所属している集団。誰かと安心してつながっているときに得られる幸福です。この層のやっかいなところは、自分の努力だけでは完結しない点にあります。相手の時間と気分が要るので、こちらが本気になった日にすぐ手に入るものではない。積み上げに時間がかかり、いったん切れたときの再建にも同じだけ時間がかかります。だからこそ、忙しい時期にまっさきに削られる。
ドーパミン的幸福——成功・お金・達成
昇給、昇進、契約、目標達成。3つのなかでいちばん輪郭がはっきりしていて、いちばん人に語りやすい幸福です。ただし本書がていねいに書いているのは、この幸福が長持ちしないという性質のほうです。同じ刺激では同じだけの快感が出なくなり、次はもっと大きな成果が要る。放っておけば要求水準だけが上がっていきます。富と幸福を切り離して考えるという発想は、『シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント』とも重なる部分があります。
3つには、積む順番がある
本書の核心は分類そのものではなく、順番のほうです。著者はこれを3段重に喩えます。いちばん下がセロトニン、その上にオキシトシン、いちばん上にドーパミン。下から順に積むことが前提で、逆はうまくいかないという主張です。この一文があるかないかで、本書は「幸福の分類本」から「幸福の設計図」に変わります。
下の2段が抜けていると、上は載らない
健康を削って出した成果、人間関係を後回しにして得た収入。手に入った瞬間は確かに幸福ですが、土台が欠けているので、その幸福を置いておく場所がありません。体を壊した人にとって年収の数字は急に意味を失いますし、周囲との関係が細くなった状態での成功には、報告する相手がいない。上の段だけを厚くしても、下が薄ければ全体は不安定なままだ、というのが本書の見立てです。
逆から積むと、失敗ではなく反復が起きる
順番を逆にした人に起きるのは、破綻よりも反復です。達成する、幸福感が薄れる、もっと大きい目標を立てる、また薄れる。この輪から降りられなくなる。本書はドーパミン的幸福そのものを否定しません。問題なのは物質の種類ではなく、それを単独で追うという追い方のほうだとしています。同じ著者の『ストレスフリー超大全』が生活習慣の話から入るのも、この順番と地続きの考え方です。

土台を削っていた時期に、つながりだけは太かった
| 段 | 本書の主張 | 当時の自分 |
|---|---|---|
| ドーパミン(成功・達成) | 最後に積む | 積み続けていた |
| オキシトシン(つながり) | 2番目 | 太かった |
| セロトニン(心と体の健康) | 最初に積む | 削っていた |
関西と関東、アウトレットも含めて8店舗を担当していた2年間は、日々がとにかく忙しい時期でした。各店舗を月に1、2度は回る。そこにプライベートでの落ち込みが重なったとき、声がほとんど出なくなりました。2か月ほど続きました。ストレスで咳が増え、病院に行くと、肋骨にヒビが入っていました。それでも立場上こなさなければいけないという意識が強く、上層部の指令と店舗スタッフのあいだに入って、調整を続けていました。自分のことを振り返る時間はほとんどなく、ただひたすら一生懸命に働いていた時期です。
本書の図式に当てはめれば、いちばん下のセロトニンの段を削りながら、いちばん上のドーパミンの段を積んでいたことになります。ここまでは本の警告どおりです。ずれるのはこの先で、同じ時期の真ん中の段は痩せていませんでした。スタッフとの交流は頻繁で、各店舗のスタッフとも仲良くコミュニケーションが取れていた。業務のやり方も、その中で変わっていきました。売れ筋や重たい商品は売場に近いストックに置いて、接客中に取りに行く時間を削る。ストックには突っ張り棒やポールを渡して天井まで使う2段式の棚を自作し、収納量を大きく増やす。数字は覚えていませんが、管理の手間は確実に減りました。どれも一人で決めたことではなく、スタッフと話しながら作ったものです。下の段は削れていた。真ん中の段は、太っていた。
下が欠けたまま、真ん中だけが厚くなることもある
3段重の説明を読むと、下から順に積まなければ上は載らないように読めます。ただ実際には、土台が欠けたままで真ん中の段だけが厚くなる状態もありうる。理由はたぶん、当時の管理のやり方です。指示を出してオフィスにいるのではなく、常に店舗を回って顔を合わせ、話し合いながら施策をスタッフと決めていく。共同体のようなイメージで店舗を見ていました。つながりを作ろうとしていたのではなく、成果を出すためのやり方が、結果として真ん中の段を厚くしていたのだと思います。
土台のほうは、意識より前に決まっていた
いまの食生活も、意識して設計したものではありません。もともと少食で、食べるときは質の良いものをしっかり取り、体に負担をかけたくないという意識はありました。そこから加工品ではなく自炊するようになり、玄米にしたり、素材の良いものを多少高くても投資と思って買うことが増えています。小さい頃から親が生協に入っていて、食材にこだわる家だったことも大きいはずです。テニスも健康のために始めたわけではなく、好きで続けているうちに、体を動かせて、時間を忘れられて、友情も深められる習慣になりました。テニスをしている人は寿命が5年から9年ほど長いと聞いたことがありますが、そこは確かめていません。

今日からできる一歩
本書の主張を動作に落とすなら、入口はこのあたりです。
- いまの自分の3段に、点をつける。セロトニン(体調)、オキシトシン(つながり)、ドーパミン(達成)の3つに、10点満点で採点する。いちばん低い段が、次に手を入れる場所です。
- いちばん下の段から、1つだけ着手する。朝に15分だけ外に出る、就寝時刻を揃える。セロトニンの段は自分ひとりの都合で動かせるので、着手がいちばん早い。
- 達成の予定より先に、人と会う予定を1つ入れる。オキシトシンの段は相手の都合が要るぶん、後回しにすると永久に来ません。日付だけ先に押さえてしまう。
読む前に知っておきたいこと
2021年の本で、中身は分類と生活習慣です。脳内物質の作用機序を医学的に踏み込んで知りたい人には、説明の粒度が粗く感じられるはずです。3つの物質に幸福を割り振るという整理そのものも、幸福研究の定説というより、著者が臨床と情報発信の経験から組み立てたモデルとして読むほうが安全だと思います。個々の生活習慣の話は同じ著者の『ストレスフリー超大全』と重なる部分があり、そちらを先に読んだ人には既視感があるかもしれません。本書にしかないのは習慣の中身ではなく、それらを1本の順番に並べ直したところです。幸福という言葉そのものへの居心地の悪さから入りたい人には、『幸せにならなくたっていいんだよ』のほうが入口として合います。
おわりに
3つのうち、いま自分がどれを追いかけているか。書き出してみると、答えはたいてい一つに偏ります。順番の話は、努力をやめろという話ではありません。努力を置く場所を先に作れ、という話として読みました。あなたの3段は、いまどこが薄いでしょうか。
📖 『精神科医が見つけた 3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法』 樺沢紫苑
飛鳥新社/2021年3月15日/四六判並製368ページ/ISBN 978-4-86410-823-2/本体1,500円+税
TSUME
ブログ運営者
TSUMEノートは、人生の4本柱(人間関係・健康・お金・学び)を少しずつ良くするための読書メモです。アパレル業界で約20年、店頭のアルバイトから店長、最大8店舗のスーパーバイザーまで経験し、40代でフリーランスになりました。独立を視野に古物商の資格も取り、いまはテニス関連の仕事とファッションのスタイリングをしています。30代後半から続けている読書が、読んでくれた方のヒントになればうれしいです。
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