『感謝脳』樺沢紫苑・田代政貴|当たり前の支えに気づく (2024)

『感謝脳』の要約図。親切への感謝、日常への感謝、逆境への感謝という3つの視点を、仕事・暮らし・振り返りの人物イラストで紹介。

普段から「ありがとう」と言っていても、忙しい日には、してもらったことより足りないことのほうが目につきます。感謝の大切さは分かるけれど、気持ちがついてこない。そんなとき、どこから見直せばよいのでしょうか。

精神科医・樺沢紫苑氏と、コミュニティづくりと感謝を研究する田代政貴氏の『感謝脳』(飛鳥新社、2024年)は、感謝の意味、心身や仕事との関わり、日常での実践までを扱う一冊です。言葉を増やす前に、何を受け取っているかに気づく。その視点から読むと、身近な人との関係も違って見えてきます。

本書の考え方を、日々の暮らしに引き寄せると、私はこう受け取れます。

感謝のきっかけは、特別な出来事だけではない。
いつもの暮らしを支える人やものに、目を向けてみる。

「ありがとう」の前に、受け取っているものを見る

第1章では感謝そのものを定義し、第2章では感謝する機会の見つけ方へと話が進みます。礼儀としてお礼を言うことと、相手から受け取ったものに気づくこと。その間を丁寧に扱っているのが、本書の入り口です。

たとえば、誰かが予定を調整してくれたとします。「予定が決まった」という結果だけを見ることもできますが、そのために時間を割いてくれた人がいます。感謝を具体的にするには、結果の向こうにある相手の働きかけまで見てみる。これは、仕事でも暮らしでも試しやすい読み方だと思います。

何をしてもらったかが曖昧なままだと、お礼の言葉も習慣的になりがちです。反対に、何が助かったのかが分かれば、伝えたい内容も見つかります。「ありがとうございます」に、理由を一つ添える余地が生まれるのです。

感謝できる人かどうか、と自分の性格を判定する前に、今日の出来事をもう一度見直してみる。本書を行動につなげるなら、この順番が取り組みやすそうです。

感謝の3つのステージで、向け先が広がっていく

第4章では、感謝を親切への感謝、日常への感謝、逆境への感謝の3段階で捉えます。同じ「ありがとう」でも、何に対して感じているのかが違います。

親切への感謝――してもらったことに気づく

最初は、助けてもらったり、何かをしてもらったりしたときの感謝です。相手の行動が見えやすく、お礼を伝える場面も思い浮かびやすい段階です。

私の場合、定期的に連絡をくれて、テニスや食事に誘ってくれる友人がいます。一人で過ごしているときに向こうから声をかけてもらうと、寂しさが紛れます。自分を気にかけてくれる人がいることで、自己肯定感も上がるように感じています。

予定が一つ増えるだけではなく、気持ちの面でも助けられている。そう考えると、ありがたさの中身がはっきりします。相手がくれたものを、自分にとってどんな意味があったかまで見てみると、身近な親切も見過ごしにくくなります。

日常への感謝――繰り返される支えを見直す

次は、特別なことが起きていない日にも向けられる感謝です。食事ができること、暮らせる場所があること、人とのつながりが続いていること。慣れてしまうと意識しにくいものが対象になります。

先ほどの友人からの誘いも、一度きりの出来事として見れば親切です。でも、定期的に連絡をくれる関係が続いていることまで含めると、日常を支える存在として受け取れます。同じ出来事でも、見る範囲を広げると、ありがたいと感じる理由が増えるのだと思います。

何も起きなかった一日を、何も得られなかった一日と決めなくていい。この段階は、特別な成果を出せない日にも目を向ける手がかりになります。

逆境への感謝――経験の意味を捉え直す

本書がさらに先に置くのが、逆境にも感謝を向ける段階です。思いどおりにいかなかった経験から、学びや、その後の人生につながる意味を見いだす方向へ進みます。

ここは、最初の二つよりも受け止め方が難しいところです。つらい出来事が起きた直後に、すぐ「よかった」と思えるとは限りません。私は、感謝できない自分を責めるための段階表にはしたくありません。

私自身、あとから見方が変わった経験があります。新卒で入ったのは製紙メーカーでしたが、1年足らずで辞め、給与の水準が低いアパレル業界に移りました。当時は、安定を手放す選択だった。

けれど、その道でスタイリングの知識が身につき、仕事そのものを楽しめるようになりました。店長として多くのスタッフやお客さまと関わり、お客さまと一緒にマラソンを走ったことから、親しい友人もできました。いまテニス業界で小売の仕事をしているのも、その延長線上にあります。

あの転職を「あってよかった」と思えるようになったのは、ずいぶん後になってからです。

一方で、どんな逆境にも感謝を向けられるかというと、私はそうは思いません。子どもの頃、つらい思いをした時期がありました。それをいまになって「ありがたかった」と言うつもりはありません。

ただ、その経験が何も残さなかったわけでもありません。自分がされてつらかったことは、他人にはしない。幼いながらにそう決めたことは、いまも自分の中に残っています。

動力になったのは、感謝ではなくこの決意のほうでした。だから本書の「逆境への感謝」は、時間をかければ意味を見いだせる種類の逆境に向けた話だと、いまは読んでいます。

いま支えになっているものに気づき、そのうえで、いつか過去の見方が変わることもある。そんな余地を持って読むほうが、日々の実践にはつなげやすいと感じます。3段階を、自分や他人の優劣をつける尺度にしないことも大切でしょう。

お礼の言葉と、普段の接し方をそろえる

第3章は「間違った感謝」を扱います。感謝を口にしながら陰では相手の悪口を言う、といった矛盾にも踏み込む章です。第5章では、感謝を育てる方法や伝え方が取り上げられます。

ここから持ち帰れるのは、ありがとうの回数だけを目標にしない、という視点です。表で丁寧にお礼を伝えても、普段は相手の手間を当然のように扱っていたら、その関係にはすれ違いが残ります。

たとえば、お願いしたことが終わったときに、結果だけを受け取るのか、工夫してくれた部分まで見るのか。感謝を日常の態度として考えると、自分が相手の何を見ているかを振り返ることにもなります。

ただし、不満を相談することまで悪口と同じにする必要はないと思います。困っている状況を伝え、改善を求めることと、相手を貶めることは分けて考えたい。感謝を増やすために、本音を全部のみ込むという読み方にはしたくありません。

ベッドサイドの小さな無垢材のテーブルに置かれた開いたノートと読書灯の柔らかな光

感謝日記は、小さな出来事を発見する練習

第6章の実践ワークでは、感謝日記の書き方を扱います。寝る前に、その日の感謝を3つ、短く書き留める。長い文章に仕上げなくても取り組めるのが、この方法の始めやすさです。

大切なのは、立派な出来事を探すことより、何に助けられたかを具体的にすること。たとえば次のように、自分の一日を振り返れます。

  • 人から受け取ったこと:誰のどんな行動が助けになったか。
  • 日常を支えていたこと:いつも使っているものや、続いている関係は何か。
  • 気持ちが動いたこと:ほっとした、うれしかった、と感じた瞬間はあったか。

これは日記を始めるための問いの例です。毎晩違う感動的な話を用意する必要はありません。同じような日でも、相手の行動や自分の気持ちをもう少し具体的に見れば、書く内容は変わってきます。

田代氏も刊行後の感謝日記についての解説で、本書では日記を「気づく力」を鍛えるものとして説明したと述べています。何行書いたかだけでなく、昨日まで見過ごしていたものに気づいたか。そう考えると、日記が単なる作業になりにくそうです。

効果の紹介は、研究と体験を分けて読む

本書には、心身や仕事への効果を扱う章と、感謝を実践した人たちの事例があります。序章の修行体験から始まり、定義、効果、分類、実践へと進む構成です。科学的な説明だけでなく、著者や実践者の語りも含む本だと知っておくと、読み方を選びやすくなります。

参考になるのは、研究では「誰に、何をして、どんな変化を測ったか」まで見ることです。たとえば本書刊行後の2025年の研究では、健康な参加者227人が2週間の感謝の記録に取り組みました。毎回異なる問いを使う条件は、その時点の不安を軽減する点でよりよい結果でしたが、朝と夜の実施時刻による効果の差は認められていません。

この研究は本書そのものの検証ではありません。ただ、「感謝は効く」と一括りにせず、実践の仕方や対象を確かめる読み方の参考になります。本書で紹介される体験や健康への言及も、誰にでも同じ結果が起こる保証として受け取らないほうがよいでしょう。感謝の実践が、必要な治療の代わりになるということでもありません。

今日の「ありがたい」を、一つ具体的にする

いきなり逆境への感謝を目指すより、今日受け取った親切を一つ思い出すところから始められます。誰が何をしてくれて、自分はどんな気持ちになったか。その二つを短く書く。それから、伝えられる相手ならお礼を伝えてみる。

感謝を感じたことと、実際に相手へ伝えたことは、同じではありません。日記の中で気づいたことが、一言の会話やメッセージにつながる。そこまで含めて試すと、本の知識を人との関係の中で使えそうです。

私にとっては、定期的な誘いが、予定以上に気持ちを支えてくれていると捉えることが、その入り口になります。大きな恩を受けたときだけではなく、関係が続いている日常にも目を向けたいと思いました。

『感謝脳』は、お礼の言葉が習慣的になっている人や、身近な支えを見直したい人に、考えるきっかけをくれる本です。3つのステージや感謝日記の実例を読みながら、自分なら何に「ありがとう」と言いたいかを探してみてはいかがでしょうか。

感謝とあわせて、健康や人とのつながりを幸福の土台として考えたい方には、同じ著者の『精神科医が教える3つの幸福』もつながります。何かを達成する前に、いまある生活を見直す視点を広げられます。

📖 『感謝脳』 樺沢紫苑/田代政貴

飛鳥新社/2024年12月10日/304ページ/ISBN 978-4-86801-052-4

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TSUMEノートは、人生の4本柱(人間関係・健康・お金・学び)を少しずつ良くするための読書メモです。アパレル業界で約20年、店頭のアルバイトから店長、最大8店舗のスーパーバイザーまで経験し、40代でフリーランスになりました。独立を視野に古物商の資格も取り、いまはテニス関連の仕事とファッションのスタイリングをしています。30代後半から続けている読書が、読んでくれた方のヒントになればうれしいです。

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