年収はそんなに悪くないはずなのに、なぜか毎月ギリギリで、気持ちにも余裕がない。逆に、そんなに稼いでいないのに、どこか満たされて見える人がいる——この差は、どこから来るのでしょうか。ひろゆき(西村博之)氏の『貧しい金持ち、豊かな貧乏人』(徳間書店・2025年)は、その差を「賢い安上がりの生き方」80項として、見開き1ページずつで軽やかに並べた一冊です。
「貧しい金持ち」と「豊かな貧乏人」
本書が対比するのは、ざっくり言えば二つの生き方です。〈貧しい金持ち〉は、収入は多くても、見栄や浪費、ストレスで消耗してしまう人。〈豊かな貧乏人〉は、収入は多くなくても、賢い選択でちゃんと満たされている人。ひろゆき氏は一貫して「収入を1万円増やすより、1万円の無駄を減らすほうが早い」という立場で、本書はその実践編にあたります。
本書の主張① 1万円の増収を目指すより、1万円の節約
版元の紹介文は、将来の不安なく自由に生きるための「いちばん簡単で、確実な方法」を一つだけ挙げています。生活コストを爆下げすること、です。第1章にはそれを言い切った項目が置かれています——1万円の増収を目指すより、1万円の節約。増収は相手や市況に左右されますが、支出構造の見直しは自分の側だけで完結し、しかも一度下げれば毎月効き続ける。収入の額ではなく固定費の形を変数に取る、という前提の置き換えが本書の出発点です。(出典:版元ドットコム掲載の徳間書店の書誌情報)
本書の主張② コストを下げる最大の障害は、他人の目
第1章のもう一つの柱が、「嫌われてもいい」で生活コストはぐんと下がる、という項目です。支出の多くは機能ではなく体面のために発生している、という見立てになります。同じ章には、高価なものは買わない、心配事が増えるだけ、という項目も、人はお金の余裕がないと誤った選択をする、という項目も並びます。ひろゆき氏自身の言葉として版元が引いているのが、この一文です。「お金がなくても楽しく豊かに生きられる」。金持ちに卑屈になるのも、ひがむのもやめよう、という前置きに続く一言です。
本書の主張③ 削る対象は、6つの領域に分けて名指しされている
全6章は、安上がりのマインドを置いたうえで、衣食住・趣味と娯楽・稼ぎ方・健康・人間関係へと進みます。項目名がそのまま結論になっているのがこの本の特徴です。「高級食材=美味」にあらず。人は清潔感が9割。最新家電は買うな。ギャンブルは国の養分になるだけ。宝くじは当たりません。残業は狂気の沙汰。インデックスファンドがコスパ最強。民間の医療保険は割に合わない。健康保険だけでなんの心配もいらない。年金はかなりお得なサービス。怒りのコストは高くつく。孤独を楽しめる人、最強説。80の秘訣は、この6領域に振り分けられたチェックリストとして読めます。
この本を読むとどうなるか
体系的な家計論ではなく、項目単位で当たりをつけていく本です。全部に同意する必要もありません。読み終えて残るのは、自分の支出のうちどれが機能への支払いで、どれが体面への支払いかを仕分ける視点でしょう。徳間書店から2025年5月刊、四六変型判184ページ、1,650円(税込)。以下は、その視点で自分が売り場で見てきた買い方を思い返した記録です。
見栄にお金を使う人を、私は近くで見てきた
「見栄で消耗する」という話は、私にとって他人事ではありません。私はアパレル、とくにラグジュアリーの売り場に長くいたので、高額なブランド品を繰り返し買っていく方を、たくさん見てきました。もちろん、ビジネスで成功したご褒美として楽しんでいる方も多い。ただ正直なところ、多くは「周りから褒められたい・羨ましがられたい」という承認欲求と、「持っていないと差別化できない」という不安に、どこかで結びついているように見えました。
いちばん強く印象に残っているのは、ロゴの入ったTシャツにキャップ、パンツまで、どこから見てもブランド品と分かるスタイリングで着飾っていた方です。この手のお客様は二十代から四十代に多く、なぜかよく日焼けしていました。ご本人の中に、はっきりした「見せたい自分」の像があるのだと思います。
その方が試着室の前で私に投げてくる質問は、いつも決まっていました。「人気があるのはどっち?」「希少性があるのはどっち?」——そして、「モテるのはどっち?」。三つとも、主語が自分ではなく他人です。似合うかどうか、着心地はどうか、手持ちの何と合わせるか。そういう問いは、最後まで出てきませんでした。
使う金額は、月に十万円ほど。年間では百五十万から二百万円といったところです。買い替えの速度も速く、お古は後輩や関係者に譲っていると聞きました。手元に残すためではなく、次の一枚を着るために買っている。本書の言う「貧しい金持ち」とは、収入の多寡ではなく、こういう回転の速さのことなのだと思います。

対照的なのが、「この人は自分のために買っているな」と感じるお客様です。違いは、買い方にはっきり出ます。まず、すでに持っているものとの組み合わせをじっくり考える。次に、長く愛着を持って使えるかどうかに重点を置く。そして、流行り廃りよりも「これは自分のイメージに合っているか」を基準にする。時間はかかりますが、そうやって選んだ一点は、何年経っても着られていました。判断の物差しが、外ではなく内側にあるのです。
では売り手としての私はどうだったかというと、褒められた話ではありません。ビジネスである以上、数字は作らなければならない。新作で目立つアイテムが入れば、すぐに写真を撮って、ああいうお客様にご案内していました。自分では絶対に買わないと思ったものでも、ブランドがよりアピールできる一点であれば、率先しておすすめしていた。良かれと言い添える方便が、日常的にあったのは事実です。見栄で買おうとしている方を止めるどころか、私は後押しする側にいました。
そう言う私自身、セレクトショップ時代は、一般には知られていない名品やブランドを身につけて、こっそり優越感に浸っていた一人です。当時はイタリアン・クラシコが好きで、最高峰とされるブリオーニやロロ・ピアーナといった、素材で群を抜くブランドに手を出したことがあります。ロゴが目立つわけではありません。むしろ気づかれない。それでも「これは分かる人には分かる」という気持ちがどこかにあった。買えるのはシャツやTシャツ止まりでしたが、あれも形を変えた見栄でした。
潮目が変わったのは、四十代に入ってからです。三十代の後半までは、ブランドのロゴも程よいアクセントで、嫌味なく着こなせている気がしていました。それが四十を越えたあたりから、ブランドが前面に出ている服を着るのが、どうにも痛々しく感じられるようになった。長年生きてきて、自分がアピールできるものが「着ているブランド」なのか——そう思うと、少し悲しくなるのです。以来、ブランドの服は着ても、名前が表に出ているアイテムは選ばなくなりました。
いま落ち着いているのは、素材が良くて、主張が少なくて、着心地が良いもの。自然体でいられるものです。優越感が消えたわけではありません。ただ、その向きが変わりました。外に向けて放つ優越感ではなく、自分の中で納得がいく、ささやかな優越感。気づけば、周りをまったく気にしなくなっていました。最近は世の中にも「ブランド疲れ」があって、ロゴが目立つものはかえって時代遅れに見えることすらある。モノが飽和して、SNS疲れも出て、承認欲求ベースの発信があまり評価されなくなってきた——その空気は、この本のテーマと地続きだと感じます。
本書が「安く」と言うとき
では、具体的に何を削るのか。本書で語られるのは、たとえば外食より自炊です。ひろゆき氏は「味覚が肥えると幸福度が下がる」と言います。高い店に慣れるほど、日常のごはんで満足できなくなる。だから納豆や味噌汁のような基本の食で満足できる舌でいるほうが、安く長く幸せでいられる、という理屈です。
お金の使い方についても、「貯金は自由を得るための道具」「お金はリターンを見込めるものに使う」といった原則が並びます。増やす話としてはインデックスファンドへの投資にも触れています。80項が見開き1ページで完結するので、気になるところだけ拾い読みできるのも、この本の親切なところです。

読むときの注意
正直に言うと、「当たり前のことが多い」「どこかで見た話」という感想も出やすい本です。実践のハードルが高いものもあります(“味覚を肥やさない”なんて、なかなか仙人レベルです)。著者自身、便利だからと電子書籍を買っていたりして、完璧に実践しているわけではありません。ひろゆき氏の本らしく、『1%の努力』などと重なるテーマもあります。ですから「新しい知識」を期待するより、自分の暮らしを点検するチェックリストとして使うのが、いちばん役に立つと思います。
私の「安いけど満足」な買い方
私自身の工夫も、少しだけ。業界が長かったせいか、「安くても、ある程度クオリティの良いもの」を選ぶのが基本になっています。海外のECサイトやアウトレットを、タイミングを見ながらのぞいて、トレンドに左右されない、自分に合うものを無理のない範囲で買う。過去に買った良いものも多いので、それを大切に、今でも引っぱり出して着る。だから、そんなにたくさんは買いません。仕事関係の割引やセール情報も入ってくるので、正規店で定価のまま買うことは、ほとんどなくなりました。安さそのものより、「自分にとって本当に良いものだけを、賢く手に入れる」感覚に近いです。
その延長で、いまは洋服代がほとんどかかっていません。理由は二つあります。一つは仕事で、お客様に提供するスタイリング用に購入した服の余りが手元に残るので、それを自分のものとして活用することが多い。もう一つは過去の蓄積で、たくさん買っていた頃の服がまだまだあります。その中から、流行に寄っていない普遍的なデザインのものを選んで着ていれば、特に買い足さなくても不自由はしません。かつては次の一枚を買うことが生活の中心にありましたが、いまは服を買うこと自体が、めったに起きない出来事になりました。
「あれはいらなかった」と思う買い物も、はっきり覚えています。セールで、特に気に入ったデザインでもないのに「せっかくのチャンスだから」と手を出した靴やシャツです。安く買えたという満足はその日で終わり、中途半端な気持ちで選んだものは着る機会が少なく、結局うまく活用できませんでした。値札の上では安い買い物です。でも、着なければ一回あたりの価格は際限なく高くなる。本書が「安く」と言うときの安さは値札のことではないのだと、あれで理解しました。それ以来その買い方はしていませんし、ブランドに憧れてネームバリューだけでモノを買うことも、少なくとも自分が着るものについては、もうしなくなりました。
一方で、意外に思われるかもしれませんが、外食は昔より増えました。会社員の頃からランチは毎日外で食べていましたし、食生活は健康への投資だと思っているので、そこは昔からさほどお金を気にせず使ってきた分野です。いまは以前よりお金に余裕ができて、時間の節約として外食を選ぶ場面が多くなりました。リフレッシュの意味もあります。ひろゆき氏の本は徹底して「使わない」側に立ちますが、読んだ結果として私の手元に残ったのは、支出を一律に減らす技術ではなく、使いどころを選ぶ物差しのほうでした。服にはほとんど使わず、食と時間には迷わず使う。金額の大小ではなく、どちらが自分を豊かにするかで決める。「豊かな貧乏人」というのは、たぶんそういう順番で選べる人のことなのだと思います。
今日からできる一歩
- 「褒められたいから買うもの」と「自分が本当に心地よいから買うもの」を、一度分けて考えてみる。
- よく行く外食を一つだけ、自炊や作り置きに置き換えてみる。
- 買う前に「これは自分の満足に返ってくるお金か」を一呼吸おいて確かめる。

おわりに
これは節約の本、というより「何にお金と心を使うかを選び直す本」です。見栄のためのお金を少し手放すと、そのぶん、自分が本当に好きなものに使える。『貧しい金持ち、豊かな貧乏人』は、その入れ替えのヒントを、80の小さな角度から見せてくれます。同じ問いを、欲望の側から掘り下げているのが森博嗣氏の「お金の減らし方」の一冊です。
📖 『貧しい金持ち、豊かな貧乏人 賢い安上がりな生き方80の秘訣』 ひろゆき(西村博之)



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