長く続けてきた仕事のやり方を変えるとき、どこまで残して、何を変えればいいのでしょうか。新しい知識を足そうとしても、以前のやり方が先に出てきてしまう。
私にとって、その違いが見えたのは、会社員としての接客から、独立後の人との関わりへ移ったときでした。
柳川範之氏と為末大氏の『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP、2022年)は、経験を持った大人が、もう一度学べる状態をつくるための本です。
出版社の説明でも、過去の蓄積を生かしながら、そこに付いた思い込みやパターンを見直すことが中心に置かれています。
アンラーンは、経験をゼロにすることではない
経済学者の柳川氏と、元陸上選手の為末氏。
異なる分野の二人が扱うのは、知識の量を競う話ではなく、学び続ける自分をどう整えるかという問いです。
本書は四つの章で、考え方から実践へ進みます。最初にアンラーンの意味を確かめ、次に日々の方法を考える。その後、変わろうとする自分を止める壁を見て、人生やキャリアでの使い方へつなぎます。
章立てと書誌情報は出版社提供のページでも確認できます。
- 理解する:今までの学びが、どのように次の学びに影響するか。
- 試す:自分の当たり前を見つけ、日常の小さな行動から見直す。
- 壁に気づく:慣れた方法を手放しにくい理由を考える。
- 仕事や人生へつなぐ:状況が変わっても、経験を使えるようにする。
私が大事だと感じたのは、「以前のやり方が間違っていた」と結論を急がなくていいことです。
ある環境で役立った方法が、別の環境では窮屈になることがある。その違いを見るほうが、過去の自分を否定するより取り組みやすいと思います。
本書の主張① アンラーンは「捨てる」ことではなく、ニュートラルに戻すこと
柳川氏はアンラーンを、学びをやめることでも過去を否定することでもなく、身についた思考のクセを外して「クセのない状態」に戻すことだと説明します。
為末氏がその状態の例に挙げるのが、サッカーのゴールキーパーです。PKの場面でキーパーは、上下左右どこへ球が来ても飛びつける位置に構える。
特定の方向へ寄っていないその基本ポジションこそ、本来の能力をいかんなく発揮できる地点だ、というわけです。
柳川氏は裏返しの例も添えています。
「このチームは基本的には右からしか打ってこない」と過去の経験から決めつけていれば、右には素早く反応できても、左から来たときには遅れてしまう。相手が戦略を変えた瞬間に、その経験は力を発揮できなくなります。
(出典:日経BP『Unlearn(アンラーン)』対談パート/NIKKEIリスキリング掲載)
本書の主張② 無意識にできることほど、いったん意識に戻す
為末氏が挙げるもう一つの例が、自転車のペダリングです。
自転車に乗れるようになった時点で、人はペダルを無意識にこげるようになっている。身体で覚える動作は、一度ラーニングが完了すると、ほぼ無意識の領域で自動的に動くようになるからです。
ところが競技として上を目指すなら、その「勝手に足が動く」状態を一度意識の対象へ引き戻し、動きそのものを組み直す必要がある、と為末氏は述べます。
自動化された部分を疑うことが、次の伸びしろになる。これは仕事の手順にもそのまま当てはまる話です。
本書の主張③ 前の場所で武器だったものが、次の場所では逆に働く
為末氏は、アスリートにはもう一段引いた視点でのアンラーンも要ると言います。
競技者としての現役は比較的早く終わるため、誰もが遅かれ早かれキャリアチェンジを経験する。そのとき競技者時代の思考のクセを外せないと、次のステージへうまく移れない。
挙げられている具体例が、アスリート時代の「勝負への強いこだわり」です。競技では明らかな武器だったものが、通常のビジネスの現場では嫌がられることが多い、と。
得たものをすべてそのまま抱え込んでいると、かえって未来の選択肢が狭くなる、という指摘です。
第3章で扱われる、アンラーンを阻む壁
本書の第3章は、アンラーンを阻む壁とその越え方に充てられています。柳川氏と為末氏は、変わろうとする自分を止める思考のパターンを七つに整理しています。
どれも特別なものではなく、当たり前すぎて自分がその中にいることに気づけない、という点が共通しています。
- 壁① このままでいいんじゃないか:今のやり方で何とかなっているから動かない。キャリアを重ねるほど強固になり、しかも自分のアンラーンには外圧がかからない。
- 壁② 今あるものを手放したくない:手放して次によいものをつかめる保証がないなら、今のままでいい。過去の成功体験が多い人ほど強く出る。
- 壁③ せっかくここまでがんばってきたのだから:これまでの積み上げをさらに伸ばそうとして、目指すゴールのほうが変わっていることを見落とす。
- 壁④ 自分のやり方でやりたい/他人には分からない:クセは無意識の行為なので自分では気づけない。指摘されても、反射的に相手のほうが間違っていると判断してしまう。
- 壁⑤ あの人の言うことなら間違いない:特定の誰かを目印にして従う。人を丸ごと優劣でくくると、誰にでもある得意と不得意の違いが見えなくなる。
- 壁⑥ だって、これが好きなんだもん:本当の「好き」と、慣れていて心地よいだけの状態を区別しないまま、同じ選択を繰り返す。
- 壁⑦ 誰の中にも潜むバイアス:思い込みや偏りを完全に消すことはできない。自分にも偏りがあると認識しているかどうかで、その先が変わる。
私に刺さったのは壁②でした。
ラグジュアリーブランドに勤めていたころ、販売員として身につけた話の運び方は、私にとって手放しがたい成果そのものだったからです。
過去の成功体験が多い人ほど、いま持っているものすべてを唯一の正解のように抱え込んでしまう。この後に書く私自身の変化は、その抱え込みを少しずつほどいていく作業だったのだと、今は思います。
越え方として本書が挙げるのは、自分の中に「優秀なコーチ」を持つことです。やる気を引き出すモチベーター、自分の考えを整理させる質問者、動きを見てフィードバックする役。
為末氏は現役時代、試合のあとに毎回、この試合で自分は何を学んだのかと自問していたそうです。もう一つが、肩書や経歴で固定された自己紹介を「今」に合う言葉へ更新する、自分自身の再定義です。
この本を読むとどうなるか
始め方は大きくありません。
柳川氏は、小さな積み重ねの逆で「小さな崩し」を日々やっていけばマインドも発想も変わる、と言います。
為末氏も、入り口は普段とちょっと違うことをやってみる、日常をパターン化させないようにかきまぜる、その程度でいいと補います。
読み終えて手元に残るのは、新しい知識のリストではなく、自分のどこがクセで、どこが実力なのかを見分ける物差しです。ここから先は、その三つの主張を、私自身が会社員から独立へ移ったときの経験に当てはめてみます。

会社員時代の話し方が、独立後には合わなくなった
主張③を自分に当てはめると、思い当たることがありました。
アパレル企業に勤めていたころは、相手のライフスタイルに合わせて商品の魅力や歴史を伝え、会話を商品へつなげていく。それが自然な流れでした。
同時に「販売員とお客様」という上下の意識も、会社の責任を背負っている感覚も強くありました。
ところが独立して自分がオーナーになると、その組み立てが合わなくなります。決まった商品へ話を着地させるのではなく、自分に役立てることがあればぜひやらせてほしい、という話し方に重心が移りました。
前の場所で武器だった型が、次の場所ではそのままでは働かない。為末氏の言う「勝負への強いこだわり」の話は、規模こそ違え、同じ構造だと思います。
知識は捨てず、使う出発点だけを変える
主張①の「ニュートラルに戻す」が具体的に何なのかは、あるお客様の相談ではっきりしました。息子さんの入学式に合わせるネクタイ選びです。
購入済みのネイビーのスーツ、息子さんの年齢と大学の雰囲気、ご両親の好み。
そこから、明るい色や強い主張を足すより、同じネイビー系で揃えて、わずかな柄と良質な素材で見せるほうが合うと考えました。

候補を見た奥様から、どれも甲乙つけがたく選ぶのが大変だ、と言っていただきました。
ここで捨てたものは何もありません。服や素材の知識はそのまま使い、決まったブランドの在庫から選ぶという制約だけが外れた。
クセを外してニュートラルに戻すというのは、能力を手放すことではなく、能力の使いどころを開くことなのだと、このとき腑に落ちました。
小さく崩すところから始める
本書の言う「小さな崩し」を仕事に持ち帰るなら、順番があります。
まず、いま無意識にしていることを一つ見つける。いつも同じ順番で説明している、同じ人にだけ相談している、相手の希望を聞く前に候補を絞っている。
次に、その方法で自分が守ってきたものを考えます。品質なのか、効率なのか、会社のルールなのか。
守る理由が今もあるなら残し、状況に合わない部分だけを小さく変える。退職や転職は要りません。
ただ、壁④が言うとおりクセは自分では見えないので、変えたあとに相手の反応を確かめる工程まで含めて一組です。
長く働いてきたのに、最近やり方がかみ合わない。新しい環境で、自分の経験の生かし方が分からない。
そんなとき、『Unlearn(アンラーン)』(日経BP、2022年1月24日第1版、214ページ)は手がかりになる一冊だと思います。
📖 『アンラーン Unlearn』 柳川範之・為末大



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