『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健|土下座させられた元店長の、カスハラの受け流し方 (2013)

『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健 表紙 生き方・人間関係
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理不尽なクレームを受けた日の夜って、長いんですよね。お風呂に入っても、布団に入っても、あの場面が再生される。「自分の対応が悪かったんだろうか」「明日また来たらどうしよう」。接客の仕事をしている人なら、覚えのある夜だと思います。

日本最大の産業別労働組合であるUAゼンセンが2024年に発表した調査では、流通・サービス業で働く組合員約3万3千人のうち、直近2年以内に迷惑行為の被害にあった人は46.8%。ほぼ2人に1人です。国もようやく動き、改正労働施策総合推進法によって今年(2026年)10月からは、すべての企業にカスハラ対策が義務づけられます。東京都では先行して防止条例が2025年4月から施行済みです。

制度が整うのは、本当にいいことです。ただ、制度は明日の店頭に立つあなたの心までは守ってくれません。この記事では、百貨店とセレクトショップで20年近く接客をしてきた自分の経験と、1冊の本を頼りに、「我慢とは違う受け流し方」を整理してみます。

土下座をした日のこと

少しだけ、自分の話をさせてください。百貨店のブランドショップに勤めていた頃、急に激怒したお客様に土下座をさせられたことがあります。別の日には、「売価より高い金額で売ってほしい」と泣きつかれたこともありました。いま思えば、心の調子を崩されていた方だったのかもしれません。

会社が求めたのは、丸く収めることだけ

当時の百貨店には「お客様を崇める」文化が色濃くあって、会社からの指示はいつも「とりあえず謝罪して、丸く収めて」。悔しさの持って行き場がないまま、帰りの電車で何度も場面を反芻していました。もちろん、自分の側に至らない言動があったケースもあったはずです。それでも、あの頃の消耗は、いま振り返ってもかなりのものでした。

手に負えない客を、まわされる側になる

ただ、不思議なもので、そういう日々を重ねるうちに「どんな人が来ても、いったん受け止められる」下地のようなものができていきました。しまいには、誰も手に負えなかったクレームのお客様を専属のように任されて、転職するまで担当し続けたほどです。いまは接客中にいらっとすることが、ほとんどありません。

何が変わったのか。あとから本を読んで、あのとき自分が手探りでやっていたことに、ちゃんと名前がついていたのだと知りました。

「受け流す」は、我慢のことではない

まず、いちばん大事な区別から。受け流すことと、笑顔で耐えることは、別物です

95の研究が名指ししたのは、表層演技

接客業の心の負担は「感情労働」という言葉で研究されてきました。その中で繰り返し確認されているのは、感じてもいない笑顔を表面だけ取り繕う「表層演技」が、心身の不調と最も強く結びつくということです(95の研究をまとめた2011年のメタ分析などで示されています)。つまり、「腹が立っているのにニコニコ耐える」は、受け流しているようでいて、実はいちばん消耗するやり方なんです。土下座の頃の自分は、まさにこれをやっていました。

本当の意味で受け流すというのは、我慢の技術ではなく、そもそも相手の怒りを自分の内側に持ち込まない考え方の話。そこで効いたのが、『嫌われる勇気』の「課題の分離」でした。

その怒りは、誰のものか——課題の分離

対人関係のトラブルは、他者の課題に踏み込むこと——踏み込まれることから起こる。見分け方はひとつ、「その選択の結末を、最終的に引き受けるのは誰か」。

『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健、2013年・ダイヤモンド社)は、アドラー心理学を哲人と青年の対話で解説した本です(アドラー本人の著書ではありません)。国内だけで300万部を超えて読まれてきました。

この本の核のひとつが「課題の分離」。カスハラの場面に当てはめると、こうなります。お客様が怒るかどうか、機嫌を直すかどうかは、お客様自身の課題。その感情の結末を引き受けられるのは本人だけで、こちらがどれだけ丁寧に対応しても、怒り続ける人は怒り続けます。一方、自分の課題は「誠実に対応すること」まで。そこから先は、もう自分の仕事ではないんです。

怒りを直すのは、こちらの仕事ではない

これは冷たい割り切りではなくて、境界線の話です。誠実に謝るべきミスがあれば謝る(自分の課題)。でも、相手の機嫌そのものを直そうと自分の心をすり減らすのは、他人の課題への「越境」。あの頃の自分が夜通し反芻していたのは、いま思えば、引き受けようのない他人の課題でした。

明るい昼の雨の窓辺。外は雨で霞み、内側の窓台には湯気の立つカップ。外の嵐を内側に持ち込まない境界線のイメージ

それでも流れ込んでくる日のために

とはいえ、頭で分けても心に流れ込んでくる日はあります。そういう時に支えになった考え方を、2つだけ添えておきます。

ひとつは「手放すことは負けではない」という視点。精神科医ジュディス・オルロフ氏は、コントロールすべき場面と手放すべき場面を見極めることを”サレンダー”と呼び、頑張りすぎがかえって消耗を招くと説きます。当ブログでも『The Power of Surrender』の記事で紹介しました。もうひとつは、稲盛和夫氏が『心。』で書いた、心の状態がその後の出来事への反応を決めるという考え方。相手の怒りは選べなくても、それを自分の内側に住まわせるかどうかは選べる——そう読み替えて、お守りにしていました。

明日からの、3つの一歩

  • 心の中で「これは誰の課題?」と一拍おく——怒りの結末を引き受けるのは誰かを自問するだけで、飲み込まれ方が変わります。謝るべき実務と、引き受けなくていい感情を分ける。
  • 記録して、組織に渡す——日時・内容をメモして上司や相談窓口へ。今年10月からは会社側に対応体制の整備が義務づけられます。一人で抱えることは、もう「美徳」ではありません。
  • その日のうちに切り離す儀式を持つ——湯船でも散歩でも何でもいいので、「今日の分はここまで」と区切る行動をひとつ決める。反芻は夜に育ちます。
小川の流れが丸い石を静かによけて流れていく水彩イラスト — 我慢ではなく受け流す心のイメージ

おわりに

カスハラは、あなたの接客が下手だから起きるのではありません。データを見れば2人に1人が遭っていて、国が法律を変えるほどの構造的な問題です。だからこそ、個人でできるのは「上手に耐えること」ではなく、「自分の課題ではないものを、自分の内側に持ち込まないこと」なのだと思います。耐える力は、鍛えなくていい。

クレームを引きずって眠れない夜がある人、「お客様は神様」の空気の中で心をすり減らしている人へ。土下座までした自分が、いまは静かな気持ちで接客の話を書けています。時間はかかりましたが、考え方は変えられました。その最初の一冊として、『嫌われる勇気』を置いておきます。

📖 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 岸見一郎・古賀史健

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