『ザ・ニューロマーケティング』遠藤貴則|「つい買ってしまう」を行動科学で整理する一冊 (2025)

『ザ・ニューロマーケティング 最新の科学が暴いた消費者の「買いたい」を行動につなげるビジネス戦略』遠藤貴則 表紙 マーケティング
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「なぜ人は、つい買ってしまうのか」。その答えを、心理学・脳科学・行動経済学の知見をまとめて引きながら説明しようとする一冊です(2025年11月・KADOKAWA)。著者の遠藤貴則氏は、米国で臨床心理学の博士号(Psy.D.)を取った心理の専門家で、現在はニューロマーケティングの企業研修などを手がけている人。マーケターの小山竜央氏が監修に入っています。480ページとかなり分厚く、マーケティングにとどまらず、経営判断や組織運営まで射程を広げているのが特徴です。

買うかどうかは、理屈で考えるより先に、無意識のレベルでほとんど決まっている。だから「無意識がどう反応するか」を理解した人から、マーケティングも経営も精度が上がっていく。

窓辺の浅い水盤に落ちた一滴から静かな同心円の波紋が広がる。無意識のうちに反応が広がるニューロマーケティングのイメージ

本書の骨格

序章+7部21章+終章という大きな構成です。前半は「経営判断のバイアス」「顧客の無意識を捉える戦略」「ナッジ(選択の自由を残したまま、環境設計で行動をうながす手法)」など。中盤で価格設計やブランドストーリー、後半は社員のやる気・組織文化・DXやAIまで。「消費者向けの販促テクニック集」ではなく、ビジネス全域に行動科学を当てはめていく作りです。

心に残るところ

  • 直感が先、理屈は後——意思決定は「直感(速い思考)」と「熟考(遅い思考)」の二段構えで、実務で効くのは直感側への働きかけ、という整理。
  • 感情を伴った体験は、記憶に残る——スペックの説明より、ストーリーと体験の設計。ブランドの章の軸になっています。
  • ナッジの反復適用——同じ発想を「販促」「組織」「変革」の3つの場面に繰り返し当てはめていくので、読みながら応用の感覚がつかめます。
  • 希少性・社会的証明・損失回避——行動経済学の定番の道具が、価格やPRの文脈で具体的に出てきます。
窓辺の編みかごに、ひとつだけ残った洋梨 — 希少性が無意識に働きかけるイメージ

売り場で見てきた、「先に動く無意識」

接客の仕事では、本書の言う「直感が先、理屈は後」を何度も目にしてきました。とくに印象深いのは、お客様と信頼関係ができてからの買い物です。スペックの説明で決まるのではなく、「あなたが勧めるなら」で決まっていく。理屈より先に、感情と関係性が動く——理論を知る前から、現場で教わっていたことです。

五感の演出にも覚えがあります。イタリアの商品を多く扱う店にいた頃、フィッティングルームに、地中海の空気と相性のいい香りのイタリア製石鹸を置いていました。試着のわずかな時間を居心地よくする、小さな仕掛けです。香りそのものが何かを売るわけではありませんが、「なんだか心地いい店」という無意識の印象は、たしかに積み上がっていきました。

読むときに気をつけたいこと

いくつか補助線を。まず、タイトルの「最新の科学が暴いた」はやや強めの言い回しで、ニューロマーケティングという分野自体、「脳波の変化=買いたい気持ち」と直結できるわけではなく、再現性にも課題が指摘されています。本書も、厳密な脳計測というより「心理学・行動経済学の知見をビジネスに応用する」広義の入門書として読むのが正確だと思います。また、無意識に働きかける手法は、便利さと“操作”の境界が常に議論になるところ。売る側として学ぶと同時に、買う側として「自分もこう動かされているのか」と防御的に読むと、二度おいしい本です。

買う側としても、他人事ではありません。ファミリーセールのような特別なセールで「今日は安い」を前にすると、自分の財布の紐も目に見えて緩みます。売る側の理屈を知っていても、動かされるときは動かされる——そのことを思い出しながら読むと、本書の内容はいっそう現実味を帯びてきます。

地中海を望む窓辺の白い棚に置かれた石鹸とオリーブの小枝の水彩イラスト — 五感に働きかける売り場の演出のイメージ

こんな人に

広告や売り場づくりで「なんとなく」でやってきたことを、一度理屈で整理したい人。分厚くても、辞書のように必要な章から読める本を探している人に。

おわりに

一気読みする本というより、手元に置いて「価格の章」「組織の章」と必要なときに開くタイプの一冊です。人の心の動きを知る道具は、売るためにも、買わされないためにも役に立つ——そんな読み方ができる本でした。

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