ペンシルベニア大学ウォートン校の組織心理学者アダム・グラント氏が、独創的な人と組織のパターンを数万人規模のデータで分析した一冊です。原題は『Originals: How Non-Conformists Move the World』(2016年に米国で発売)、日本語版は三笠書房から2016年に翻訳出版されました。Facebook元COOシェリル・サンドバーグ氏の序文付きで、世界的なベストセラーになっています。グラント氏は『Give and Take』(2013)、『Think Again』(2021)など、エビデンスに基づく経営・心理書を書き続けている著者です。
本書のメッセージを一文で

構成と章ごとの要点
第1章 独創性とは何か——リスクをずらす人
本書の冒頭でグラント氏が提示する、いちばん衝撃的なデータがこれです。本業を続けながら起業した人のほうが、辞めて全力で挑んだ人より失敗率が33%低い。理由は「ダウンサイドを限定すれば、認知的にリスクを取りやすくなる」というメンタル経済学の原則にあります。Warby Parker(米国アイウェアD2Cの先駆者)の創業者たちが、大学院在学中に副業として始めた逸話が代表例として引かれます。グラント氏はここで「独創的な人=リスクを取る人」というステレオタイプを、定量データで否定してみせます。
第2章 アイデアを見抜く目——専門家は当てにならない
自分のアイデアを評価するとき、最大のバイアスになるのは「アイデアへの愛着」です。グラント氏が引用するスタンフォード大学の研究では、創作者が自身の作品を評価する精度はほぼランダムレベル。むしろ「経験豊富な仲間(peer)」の評価が、いちばん的中するといいます。スティーブ・ジョブズ氏が初代マッキントッシュの評価をデベロッパー間で繰り返し検証したやり方とも、ぴたりと符合します。
第3章 戦略的先延ばし——時間が創造性の味方になる
本書でもっとも引用される章です。マーティン・ルーサー・キング牧師が、ワシントン大行進の「I Have a Dream」演説原稿を直前まで書き直し、いちばん有名な部分はアドリブだった——そんな事例が紹介されます。グラント氏の実験では、ブレストのあとに意図的な「孵化時間」を入れたグループのほうが、アイデアの品質が28%高かったそうです。「すぐ手を動かす」がベストではないことを、行動心理学の追試で裏づけています。外山滋比古氏『思考の整理学』が「考えたら寝かせろ」と説いたことと、半世紀越しに東西で呼応する話でもあります。
第4章 ゴルディロックス——味方の作り方
独創的なアイデアを通すには、「孤高の天才」ではなく「味方をつくるスキル」が要る——というのが本書の冷静な観察です。ロバート・チャルディーニ氏の影響力研究を引きながら、「ちょうど良い反対者(too radical でも too safe でもない)」を味方に変える、具体的なフレームを示してくれます。Larry PageとSergey BrinがGoogleを100万ドルで売ろうとした際に支援した、スタンフォードの教授たちの役割が事例として紹介されます。
第5章 反逆の起こし方——反対意見の質を上げる
集団思考(Groupthink、心理学者アーヴィン・ジャニス氏が1972年に提示した概念)を防ぐには、反対意見が「健全な摩擦」として機能することが必要です。グラント氏はNASAのチャレンジャー号事故や、Intel最盛期のアンディ・グローブ氏の経営判断を比較しながら、「Devil’s Advocate(あえて反対する人)」を制度化することを勧めます。組織で反対意見が出ないときこそ最大のリスクだ、という主張は、現代の経営理論にも引き継がれています。
店長時代の実感でも、反対意見を出しやすい空気のあるチームは、売り場の判断が確実に良くなりました。その空気を守るのはリーダーの仕事のうち、というのは組織の大小を問わないと思います。
研究・他書との接続
本書を「より深く理解するための鍵」は、グラント氏の他の著作と並べて読むことです。『Give and Take』(2013)は対人関係の戦略を、『Think Again』(2021)は自分の信念を更新する技術を扱っています。Originalsはそのちょうど中間にあり、「アイデアの戦略」を担う一冊。3冊そろえると、「人・思考・行動」の3軸が見えてきます。
日本人著者でいえば、山口周氏『ニュータイプの時代』が、同じ「規格外の人材」を別角度(=未来予測)から論じています。グラント氏が「現在のデータからの推論」で書くのに対して、山口氏は「未来の労働観」から書きます。両方をあわせて読むと、独創性を「過去のデータ」「現在の組織」「未来の働き方」の3点から立体的に眺められます。

このブログも、小さく始めた
「オリジナルな人ほどリスクを取り切らない」という本書の指摘には、勝手に励まされています。実はこのブログも、仕事と並行して小さく始めたものです。動機は素朴で、本は情報のソースとして信頼しやすいので、自分のインプットを兼ねながら、読んでくれた人の暮らしの質が少しでも上がればいいな、というくらい。全部を賭けた大勝負ではなく、本業で足場を保ちながらの小さな実験です。グラント氏の言う通り、挑戦は「思い切りの良さ」より「続けられる設計」のほうが大事なのだと、始めてみて実感しています。
「常識を疑って小さく試す」も、売り場に覚えがあります。値下げ処分が常識だった在庫を、見せ方を変えて定番の一角に据えてみたことがあります。うまくいったのは発想の奇抜さではなく、失敗してもダメージが小さい試し方だったからだと、本書を読んで腑に落ちました。
明日から試せる3ステップ
- 新しいアイデアを思いついたら、「3日寝かせる」を意識的に試す(戦略的先延ばし)
- 本業を辞めずに、副業や検証を小さく始める(リスクをずらす)
- 会議や議論で「反対意見が出ない時こそリスク」と捉え、自分から反対の視点を出す習慣を持つ
直訳で実行すると、軋轢を生むことがある
本書はあくまで「米国の組織心理データ」がベースです。日本企業の同調圧力や終身雇用の文化のなかでは、グラント氏の提案を直訳のまま実行すると、軋轢を生むこともあります。「リスクをずらす」「反対意見を歓迎する」を文字どおり実行する前に、自分の組織のコンテキストに翻訳して当てはめる作業が必要です。山口周氏『ニュータイプの時代』や宇田川元一氏『他者と働く』をあわせて読むと、日本での応用感度が上がります。
こんな人に効く
- 「独創的な人=リスクを取る人」というイメージで、自分には縁がないと思ってきた人
- 起業や独立を考えているが、「いきなり辞める」勇気が出ない人
- 組織内で新しいアイデアを通すための、政治的・対人的スキルを学びたい人
- 『Give and Take』『Think Again』を読んでグラント氏の他著作も知りたい人
おわりに

「独創的に生きる」と聞くと、つい孤立や葛藤をイメージしがちです。でもグラント氏が膨大なデータで示すのは、独創的な人ほど周囲との関係を緻密に設計し、リスクを賢く分散させている、という事実でした。本書は「自分らしくあること」の現実的な処方箋として、何度も開きたくなる一冊です。足場を保ったままの小さな一歩でも、始めれば景色は変わります。
📖 『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』 アダム・グラント



コメント