布団に入ってから、その日の会話をもう一度再生してしまう夜があります。明日の段取りを頭の中で組み直し、来月の支払いを数え、そのうち「早く寝ないと」という焦りが加わって、余計に目が冴えてくる。なぜ眠れないのかを考えはじめると、たいてい話が大きくなりすぎて答えが出ません。
そういうときに役に立つのは、原因の解明ではなく、もっと事務的な確認作業かもしれない。樺沢紫苑氏の『精神科医が教える ぐっすり眠れる12の法則 日本で一番わかりやすい睡眠マニュアル』(シオン出版局、2013年)は、その確認作業をそのまま12項目に落とした本です。
Kindle版だけの、70ページほどの本
この本は電子書籍としてのみ出されていて、紙の版がありません。通勤の往復くらいで読み切れる分量です。
短さは弱点かと思いながら開いたのですが、読んでみると印象が変わりました。睡眠の本はメカニズムの解説だけで前半が終わることも多いのに、本書はその部分がほとんどなく、行動の一覧がすぐ出てきます。眠れずに困っているときに読むなら、このくらいの分量のほうが助かるのかもしれません。

12の法則は、読むより点検するもの
本書の中心は、書名どおり12の法則です。並べてみると、目新しい発見はほとんどありません。むしろ「知っている」と感じる項目のほうが多いはずで、そこがこの本の使いどころだと思っています。
12項目をそのまま並べてみる
- 飲酒——まず、お酒をやめる
- 食事——寝る前に食べない
- 飲み物・嗜好品——カフェインはとらない
- 入浴——正しい入浴方法でリラックスする
- 運動——運動不足は不眠の原因
- ゲーム・映画——視覚系の興奮する娯楽はほどほどに
- 暗い場所——寝る前は暗いところで過ごす
- 寝室の環境——暗くて静かな場所で、自分に合った寝具で寝る
- 寝る時間——毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる
- 不安——寝る前の不安、心配は避ける
- ストレス——可能な限りストレスを取り除く
- 不眠症の原因は、根こそぎ取り除く
読み物として眺めると平凡ですが、チェックリストとして上から順に自分に当ててみると、印象が変わります。私の場合、寝る前のカフェインは避けているのに、寝室の明るさと就寝時刻のばらつきは完全に放置していました。12項目のうち、いま自分がやれているのはいくつだろう。数えてみるだけで、原因の候補がだいぶ絞られます。
12個目だけ、性質が違う
気づくのは、最後の一つが他と並びが違うことです。1から11までは「お酒をやめる」「同じ時間に起きる」といった個別の行動なのに、12個目は「不眠症の原因は、根こそぎ取り除く」という書き方をしている。特定の動作を指していません。
私はこれを、前の11項目の扱い方についての指示として読みました。原因を根こそぎ取り除くというのは、当てはまった項目を全部つぶすということです。カフェインだけやめる、酒だけ控える、というつまみ食いでは足りない。不眠は複数の原因が重なって起きるので、一つ潰して変化がなかったからといって「効かなかった」と結論するのは早い——そういう含みだと受け取っています。これは本文の言い換えではなく、私の読み方です。

「眠れない」を、精神科医はどう読むか
本書がほかの睡眠本と違うのは、著者が精神科医であるところに由来します。樺沢氏は、眠れなくなってきたことをストレスが溜まってきたサインとして、さらに言えばうつ病の入り口にいるかもしれない黄色信号として扱います。うつ病の初期症状として不眠が現れることが多いから、不眠の段階で手当てをする意味がある、という筋道です。
この視点があると、12項目の位置づけも変わります。寝つきをよくするテクニック集ではなく、メンタルの手前で止めるための生活点検になる。①でお酒が最初に来る理由も、単に寝つきを悪くするからではありません。アルコールは神経系を抑制し、うつ病を悪化させることが証明されている、と本書は書いています。
他人ではなく、以前の自分と比べる
もう一つ、実用的な指摘があります。睡眠には個人差が大きいので、他人と睡眠時間を比べてもあまり意味がない。5時間でも足りている人はいるし、7時間寝ていても質が悪ければ足りていないこともある。判断の基準は、他人ではなく以前の自分だという話です。目安としては、睡眠時間が7時間以上8時間未満のときに平均余命が最も長い、という数字も紹介されています。短すぎても長すぎてもよくない、ということですね。
テニスをした日は、よく眠れる
私が眠れなくなるのは、たいてい考え事があるときです。40代後半になってから、その頻度が上がりました。プライベートの悩みが頭を離れない夜もあれば、単純に体調が悪くて寝つけない夜もある。20代のころのように、横になれば寝ていた、というわけにはいかなくなりました。
ただ、はっきりした例外があります。日光の下でスポーツをした日は、わりとすんなり眠りに入れる。私の場合はテニスで、休日の昼間にコートに立った日は、夜になると自然に眠くなります。悩みごとがなくなったわけではないのに、その日は考え事に入る前に落ちている。
光と運動が、同じ日に揃っている
本書の12項目に当ててみると、この例外の説明がつきます。⑤の運動不足と、⑦の光の扱い。屋外でのテニスは、その両方を同時に満たしている。しかも日中に光を浴びるので、夜に暗い場所で過ごすという⑦の後半とも噛み合う。私が経験的に「効く」と思っていたことは、本書では別々の法則として書かれていたわけです。
逆に言えば、テニスに行けない週が続くと、私の睡眠は12項目のうち2つを同時に落としていることになります。眠れない夜が増えたのは年齢のせいだと思っていましたが、点検してみると、そう単純でもなさそうでした。

今日からできる一歩
この本の使い方を動作に落とすなら、入口はこのあたりです。
- 12項目に、今日の自分で○×をつける。読むのではなく採点する。×がついた項目が、あなたの不眠の原因の候補になります。
- ×のうち、いちばん変えやすい1つを1週間だけ試す。就寝時刻を揃える、寝る1時間前から照明を落とす、など。1週間で結論を出さず、記録だけ残す。
- 日中に、外で体を動かす予定を1つ入れる。運動と光をまとめて回収できます。競技である必要はなく、昼休みの散歩でも同じ方向に働きます。
読む前に知っておきたいこと
2013年の本なので、その後に広まった睡眠科学の知見までは入っていません。睡眠のメカニズムそのものを理解したい人には情報量が足りず、その用途なら『今さら聞けない 睡眠の超基本』柳沢正史のほうが向いています。本書はメカニズムの本ではなく、行動の点検表として読む本です。分量が短いぶん、一つひとつの項目の掘り下げも浅い。同じ著者の『ストレスフリー超大全』には睡眠の章がより整理された形で入っているので、そちらを読んだ人には重複が多く感じられるかもしれません。それでも70ページで12項目を点検できる手軽さは、この本にしかないものです。
おわりに
この本を読んでから、私は照明と就寝時刻をいじりはじめました。テニスに行く頻度も、少し意識するようになりました。それで眠れるようになったかというと、正直まだ判断がついていません。よく眠れた週もあれば、変わらなかった週もある。12項目のうち私が落としているものは、まだいくつか残っています。入浴の使い方も含めて、しばらくは点検を続けてみるつもりです。結論は、もう少し先に置いておきます。
📖 『精神科医が教える ぐっすり眠れる12の法則 日本で一番わかりやすい睡眠マニュアル』 樺沢紫苑
シオン出版局/2013年5月17日/Kindle版のみ・紙の書籍なし/ASIN B00CU3D0YS/約70ページ




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